ジャーナリストによる政府採点

 で、id:flapjack:20050907#p2でふれたポリー・トインビーの『ハードワーク:低賃金で働くということ』東洋経済新報社(ISBN:4492222642)を読みはじめたのだけど、トインビーが住み込むひどい公共住宅の場所がランベスで、ここはまさに『ホワイト・ティース』にでてくる登場人物の一人が住んでいる地区。つまり繋がっているのだ。
 そういえば、このあいだの選挙前にid:flapjack:20050903#p1で

夜にたまたまモスバーガーにはいったのだが手元に読むものがなく、おいてあった朝日新聞を手にとると、北川知事(まだ知事だっけ?)と誰かどっかの大学の人が対談している頁があった。二人はマニフェストについて話していて、それはいいのだが、司会の立場にある記者だったか論説委員が途中で「過去のマニフェストがきちんと守られたかチェックすることも行われてきてますか?」みたいなことを他人事のように尋ねる。いや、だから、そんな他人事のような顔をしてきいているお前はなんなんじゃい? お前はやらんのかい? 

などとキレていたわけだが、あのときに念頭にあったのは、2001年にポリー・トインビーがDavid Walkerと共著でだした Did Things Get Better? An Audit of Labour's Successes and Failures(ISBN:0141000163)だった。つまり、『モノゴトはマシになったか? 労働党の成功と失敗を監査する』というタイトルで、第一期ブレア政権の政策の成功と失敗を、統計にもとづいて精査している。amazon.co.ukのサイト上に掲載された概要はおおまか以下のようなものだ。

トインビーとウォーカーは、労働党マニフェストで明らかにした約束と、政府が実際にしたことを比較し、どの社会層がその利益を増進され、どの社会層がよこに押しやられたかを明らかにする。この本は、世論を誘導しようとする労働党の悪名高き試みから、一教室のサイズを小さくし、子どもの貧困を減らし、長期失業率をさげようとした試みまで、労働党政府のありとあらゆる側面を検討する。この本は、ニュー・レイバーの達成と失敗について、もっとも包括的かつ公平なレポートを提供するはずである。

 そこにのっているMichael Hatfield の評の一部も粗く翻訳してみよう。

トインビーとウォーカーは芯まで社会民主主義者(ふたりともガーディアン紙の論説委員である)だが、かれらは、彼らが成功とみる点と彼らが失敗であり失われた機会とみる点にかんして、客観性を追及している。彼らは、(ブラウン)財務相がまじないのように繰り返す「財政上の深慮 monetary prudence」は、イギリスの放置されてきた公共サービスと公共基幹施設(インフラ)を蘇生させるためにするべきだった、そしてすることができたはずのことと照らし合わせると、評価を差し引く必要があると見る。
 しかし、彼らの監査は、たんなる経済・財政運営の統計的検討ではない。彼らの分析には、社会政策、教育、環境を向上させるための施策にたいする深い洞察がちりばめられている。最後の分析のなかで、著者らは、モノゴトはマシになったが、もっとマシになりえた、と論じる。(この著作は)政治的に(労働党に)好意的な者たちから(労働党への)歓呼2唱だが、トインビーとウォーカーは、ニュー・レイバーのもとでおこったことについて、非常によくリサーチしよく書いており、さらに多くの点で客観的な分析をしているゆえに、歓呼3唱に値する。

 日本のアマゾンへのリンクは以下。

Did Things Get Better?

Did Things Get Better?

 トインビーらはこの本を2001年の総選挙に間に合うように出したわけだが、今年の5月のイギリス総選挙のまえにも、第二期労働党ブレア政権の政策を総点検する同様の本を出している。
Better or Worse?: Has Labour Delivered?

Better or Worse?: Has Labour Delivered?

イギリスのアマゾンの該当ページ
ガーディアン上での書評。そこからたどって関連記事、この本の抜粋も読める。
 マスコミも、民主党にしても、自民党にしても、これ読むと勉強になるんではないでしょうか。両方とも翻訳刊行望む。
 
 あと、どうでもいいことだが、ポリー・トインビーって、有名な歴史家(歴史学者とは言いかねる)のアーノルド・トインビーの血縁だと聞いたことがある(だとするとそりゃ、代々のミドルクラスのはず)。ちょっと今確認できないのだけど。

ゼイディー・スミス『White Teeth』読了

前の日のエントリーでふれたばかりだけど、ゼイディー・スミス『White Teeth』ついに読了(リンクは前の日のエントリーにあります)。すっげー楽しかった。ムフムフしながら読み終えた。とっくに読み終わっていた家人としばし『White Teeth』談義、これも楽しい。
 『ホワイト・ティース』で検索するとなんかいまいちな評もウェブでは見えるが、さすがに池澤夏樹はよく読めている(というとすごい失礼だけど)。
http://www.impala.jp/bookclub/html/dinfo/10117309.html

ただし、喜劇の場合でも悲劇と同じで、最も大事なのは、どんなに誇張しようと、派手なエピソードを連ねようと、全体としては真実を書かなければならないという点である。酔っぱらいがいくら千鳥足で迷っても最後には家に帰るように。
 これは二十世紀後半という時代の、人種混交と民族移動と文化衝突と宗教解体と科学失権の時代を正確に描いた大きな戯画、あるいは広い奥行きのある舞台で演じられるミュージカルだ。
 それに読者が気づくのは、しかし、読み終わってしばらくたってからだろう。読んでいる最中は目先のおもしろさを追うのが精一杯。つまり細部の作りがまことにうまい。

 まじお勧め。この小説はチャンネル4で四回に分けてTVドラマ化されたんだけど、そのときは読めてなかったからスルーしたんだよなあ。残念。これも絶賛されてたし、はやくDVDでないかなー。
http://www.companypictures.co.uk/whiteteeth.asp

ゼイディー・スミス『ホワイト・ティース』佳境

id:flapjack:20050910#p1でふれた『ホワイト・ティース』ですが、めちゃくちゃおもしろい。最初、彼女の英語のリズムになれるのに数ページかかったけど、その後快感に。至福ですなあ。電車のなかで読んでいたとき、おもわずふきだしてしまって、やばかった(勘違いミドルクラスのジョイスとゲイの女の子二人の会話のところ)。第二次世界大戦から90年代にいたる、北ロンドンの、バングラデシュとジャマイカからの移民一世と二世、ワーキング・クラス・カルチャー、ミドル・クラスの家族(彼ら自身も実は数世代前の東ヨーロッパからの移民)、宗教(エホバの商人、イスラム教)、遺伝子工学者、急進的思想集団(イスラム原理主義者、破壊的動物愛護運動家)、こうした現代のポスト・コロニアル状況をまさにパノラミックに描いた野心的な小説。これを24歳で書いてしまうのだから恐るべし。
 この小説のストーリーを「ハチャメチャ」と評していた人がネットでいたけれども、そりゃちがうんだよ。現実がすでにそういう状況なのだよ。その現実を理解しようと思えば、ジャマイカにも話は飛ぶし、バングラデシュにも話は飛ぶし、ありとあらゆるところに話はとばざるをえないわけ。フィクションだけど、実際に思い当たることありまくりだし、ある意味ではものすごい正確なイギリス社会の描写だと思う。しかも、おもしろい。この人の小説は全部読みます。
 邦訳は見てないんだけど、とりあえず邦訳のリンク上げときます。
ホワイト・ティース(上) (新潮クレスト・ブックス)
ホワイト・ティース(下) (新潮クレスト・ブックス)
 あ、いろいろ書いたけど、今日いちばん書きたかったのは、来年自衛隊イラク撤退しそうだ、という最初のエントリーです。

メモ

トラックバックをいただいたbewaadさんのエントリーで「ウェストミンスターモデルを支える憲法的諸慣習」(「習律」、convention)をもっと知りたいと言われていました。僕自身あまり知っているわけではないのですが、議会における党議拘束のあり方(バックベンチャーのあり方)はまったく異なっていると思います。これまで何回か触れてきたのだけれど、きっちりかけていません。すくなくともまとめることぐらいは近いうちにしたいと思います。
http://d.hatena.ne.jp/flapjack/searchdiary?word=%A5%D0%A5%C3%A5%AF%A5%D9%A5%F3%A5%C1%A5%E3%A1%BC&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail

イギリス、来年5月イラク撤退開始(>日本も続く)

ガーディアンの日曜版であるオブザーバーのおそらくスクープだとおもわれる記事によれば、イギリスは、来月公表される詳細な撤退プランにもとづいて、来年五月に大規模な撤退をはじめるようだ。
Britain to pull troops from Iraq as Blair says 'don't force me out'
http://observer.guardian.co.uk/politics/story/0,6903,1577937,00.html
 この記事の半ばには、日本に対する言及もある。その段落を引用・翻訳すれば、

5月に南イラクからの撤退を始めるという計画について、イギリスはすでに内密に、同様にイラクに軍をおいている日本に知らせている。東京の政府筋は、このイギリスの動きによって、日本の550人の兵がイラクに残ることは不可能になるだろうと述べている。
Britain has already privately informed Japan - which also has troops in Iraq - of its plans to begin withdrawing from southern Iraq in May, a move that officials in Tokyo say would make it impossible for their own 550 soldiers to remain.

というわけで、自衛隊も来年前半に撤退開始ということになる可能性が高いと思われる。(やっぱり自分でイニシアチブはとれないで、イギリス(なりアメリカなり)の動き待ちでしか行動できないということかな。)

日本はイギリスの道をたど(れ)るのか。

すでにbewaadさんが論じられているように、今回の自民党がこれだけ議席を獲得したのは、小選挙区制がその制度的特性をもろに発揮した結果だ。その小選挙区制はイギリスを見て導入したものだと覚えている人も多いだろう。
 さっき、90年代の終わりごろにイギリスで友人としゃべってたことを思い出していた。たとえば、わかりやすい例として山口二郎北大教授はこういっている。

自民党が結党以来半世紀守ってきた再分配の政治は確かに崩壊しつつある。これをそのまま温存することは無理である。自民党流の再分配政治は、腐敗、無駄、官僚の既得権など多くの弊害をもたらした。ここで問われているのは、再分配そのものを否定するのか、仮にそれを維持するなら新たな再分配の仕組みをどう打ち立てるかという点である。小泉自民党ユートピア主義的な市場中心主義で国民の支持を得ようとしている。これに対抗する民主党や造反勢力が、効率的で公正な再分配の仕組みを打ち出すことができるかどうかが、選挙の鍵になると私は考えている。(論座10月号)
http://yamaguchijiro.com/archives/000246.html

この人も毀誉褒貶のある人だが、この「再分配」についての太字で示した問いは妥当なものだと思う。
 友人との話しにもどれば、そのときしゃべっていたのは、「旧来の自民党的再分配」に対して、「市場も入れるがより公平で良き再分配」も必要というのは正しいけれど、いかにも一般の人たちに対するアピールとしては、当時の言葉を使えば「守旧派」に映って説得力が弱いよねえ、ということだった。「とりあえず再分配よりも市場だ、民営化だ」というほうが圧倒的にわかりやすい。
 だから、イギリス政治の言葉を使えば単なる新自由主義ではなくしかし旧来の社会民主主義でもない「第三の道」を行こうとする政党も(今回はこれがなんとか民主党)、旧来型の再分配政治を維持したい勢力(今回でいえば自民党造反組)も、旧来型の社会民主主義を唱える社民党共産党もあるレベルでは一緒くたになり、引き立つのは新自由主義陣営(今回は自民党)ということになる。
 「郵政民営化か否か」という問いを小泉自民党が示したときに、「いやそればっかじゃなくてね」と岡田民主党がいっても「じゃあ、なんなんだよ」という人の数が多かったというのが今回の総選挙なわけで*1上のはなしのまんまであるように思う。
 現在のブレア政権の評価は別にして、僕とその友人は少なくとも路線としては「第三の道」が望ましいという前提で話していた。だが、そこに日本が行き着こうとしても、その前に一度、新自由主義を思いっきりかぶらざるをえないということになるのではないか。それは気が重いねえ、という会話をしていたわけだ。
 さっき晩飯をくいながら、数年たってみて、どうもあの会話の内容が現実化しそうなことに思いあたった(そういう会話をしたこと自体も同時に思い出したのだけど)。問題はその先だ。イギリスの場合は新自由主義をかかげた長いサッチャー政権の後、労働党が80年代からすればほとんど奇跡的にも思われる復活を政策面においても―ニュー・レイバーの「第三の道」―メディア戦略においても―ブレアの起用+「クール・ブリタニア」イメージ戦略(オアシスやブラーといったブリットポップとニューレイバーの興隆は結びついている)―遂げたけれども、日本にもそれがありうるのか? つまり、新自由主義の後のチャンスはあるのか? ということだ。
 イギリスの80年代と90年代を日本は繰り返すことになるのだろうか。90年代を繰り返せたらまだしもラッキー。80年代だけを繰り返し*2、そのままアメリカ化へまっしぐら、という可能性も十分にあるように思う。
 アナロジー論だけど、一つの見方ということで。
 ひさしぶりにbewaadさんにトラバしてみる。ちと勇気がいるが。

*1:別のメディア戦略といったレベルもあるがそれについてはまた別に考えたい。

*2:http://d.hatena.ne.jp/flapjack/20050907#p2でふれたポリー・トインビーの本を参照。

ガーディアン小型化

土曜日の「出口と入り口」と題された社説が、今日12日から紙面の大きさを、これまでのブロードシート(だいたい日本の新聞のサイズ)から、ベルリナー・サイズ(ル・モンドなどの大陸ヨーロッパでよくみられるサイズ)にフォーマットを変えると予告していた。このベルリナー・サイズというのは、タブロイドよりも少し大きい。
 インディペンデントとタイムズがタブロイドしたあと、それをおいかけてガーディアンも小型化すると18ヶ月前ぐらいにアナウンスがあったわけだが、もうそんなにたったのか。
 僕はまだウェブ上とPDFでしか見ていないが、ついに新しいサイズのガーディアンを見たところだ。詳細は Birth of the new-look Guardian というページから追える。PDFバージョンで今日の紙面のかなりをタダでダウンロードできる。サイズが変われば、レイアウトなどにも違いがでてくる。ガーディアンのタイトルのフォントも変わった。サイズの違いはウェブ上では実感できないが、http://digital.guardian.co.uk/ で、昨日以前の第一面の紙面と今日のと比較できる。
 ガーディアンの編集長であるアラン・ラスブリッジャー(Alan Rusbridger)が、今日の紙面で、「きたるべきもののかたち The shape of things to come 」という記事を書いていて、このなかで、このサイズ変更・紙面リニューアルについて、詳しく書いている。とりあえず箇条書きすると:
1)サイズの小型化
2)新聞タイトルと見出しのフォントの変化。Garamond, Miller, Helveticaをまぜあわせた David Hillmanによるデザインから、新しい Guardian Egyptian というフォントへ。
3)色 すべてのページをカラー印刷可能(他の全国紙からガーディアンが抜け出る点) 写真に力をあたえることができるし、過去ガーディアンに近づきがたいと思っていた人たちが近づきやすくなる効果を狙う。
4)G2(新聞の締め切りをもつニュース・マガジン)もリサイズ;スポーツ欄はそれ毎日少なくとも12ページある(これは読者層の拡大を狙う手段だな)
5)タイムズで論説をかいていたサイモン・ジェンキンス Simon Jenkins をひきぬいて、ガーディアンにもってきた。(なるほどねえ:たしかにこの人選はいい)
6)土曜版についてくるWeekend magazineも変えた(これは個人的にはどうでもよし)
 「こうした変化は、これまでのブロードシートのサイズだと、通勤とかの日常のなかで読みづらいという読者調査に対する対応だが、その調査は、読者がかわってほしくないと思っていることも示している:そのなかに含まれているのは"our comprehensive commitment to news and the intelligence and seriousness of our coverage and comment"である。」
 「新聞のデザインをかえるにあたっての挑戦は、ジャーナリズムに忠実である一方で、それを読みやすく扱いやすくすることだ。」
 「ガーディアンのデジタル版は世界中で、一千百万人ちかくの人に読まれている。」
 「ガーディアンは,1821年にガーディアン(当時はマンチェスター・ガーディアン)を立ち上げたのと同じ家族が設立した1932年に《スコット・トラスト》によって所有されている。このトラストは、他のビジネスからえられた収入を、ガーディアンが、報道組織がますます数少ない多国籍企業の手におちている世界のなかで、シリアスで進歩的な声でありつづけるために再投資している。」
 「われわれは社主や株主をもっていないので、読者との関係が私たちにとっての主要な関係である。あなたがた読者がこの変化をどう思うか、そしてどういうふうにさらに向上させられるのかを知るのは重要だ。読者からのすべてのレスポンスをよむことを約束する。」

 この来るべき月曜日の紙面づくりの実際を、ブログで、リアルタイムでアップデートするという企画もあった。
 http://blogs.guardian.co.uk/editors/
 笑えたのは、ガーディアンのウェブのあちこちに掲げられたこのサイズ変更を宣伝する文句。Welcome it with not very open arms とか Less awkward size, same awkward questions とか。いいね(訳せない、こういうのは)。