日本はイギリスの道をたど(れ)るのか。

すでにbewaadさんが論じられているように、今回の自民党がこれだけ議席を獲得したのは、小選挙区制がその制度的特性をもろに発揮した結果だ。その小選挙区制はイギリスを見て導入したものだと覚えている人も多いだろう。
 さっき、90年代の終わりごろにイギリスで友人としゃべってたことを思い出していた。たとえば、わかりやすい例として山口二郎北大教授はこういっている。

自民党が結党以来半世紀守ってきた再分配の政治は確かに崩壊しつつある。これをそのまま温存することは無理である。自民党流の再分配政治は、腐敗、無駄、官僚の既得権など多くの弊害をもたらした。ここで問われているのは、再分配そのものを否定するのか、仮にそれを維持するなら新たな再分配の仕組みをどう打ち立てるかという点である。小泉自民党ユートピア主義的な市場中心主義で国民の支持を得ようとしている。これに対抗する民主党や造反勢力が、効率的で公正な再分配の仕組みを打ち出すことができるかどうかが、選挙の鍵になると私は考えている。(論座10月号)
http://yamaguchijiro.com/archives/000246.html

この人も毀誉褒貶のある人だが、この「再分配」についての太字で示した問いは妥当なものだと思う。
 友人との話しにもどれば、そのときしゃべっていたのは、「旧来の自民党的再分配」に対して、「市場も入れるがより公平で良き再分配」も必要というのは正しいけれど、いかにも一般の人たちに対するアピールとしては、当時の言葉を使えば「守旧派」に映って説得力が弱いよねえ、ということだった。「とりあえず再分配よりも市場だ、民営化だ」というほうが圧倒的にわかりやすい。
 だから、イギリス政治の言葉を使えば単なる新自由主義ではなくしかし旧来の社会民主主義でもない「第三の道」を行こうとする政党も(今回はこれがなんとか民主党)、旧来型の再分配政治を維持したい勢力(今回でいえば自民党造反組)も、旧来型の社会民主主義を唱える社民党共産党もあるレベルでは一緒くたになり、引き立つのは新自由主義陣営(今回は自民党)ということになる。
 「郵政民営化か否か」という問いを小泉自民党が示したときに、「いやそればっかじゃなくてね」と岡田民主党がいっても「じゃあ、なんなんだよ」という人の数が多かったというのが今回の総選挙なわけで*1上のはなしのまんまであるように思う。
 現在のブレア政権の評価は別にして、僕とその友人は少なくとも路線としては「第三の道」が望ましいという前提で話していた。だが、そこに日本が行き着こうとしても、その前に一度、新自由主義を思いっきりかぶらざるをえないということになるのではないか。それは気が重いねえ、という会話をしていたわけだ。
 さっき晩飯をくいながら、数年たってみて、どうもあの会話の内容が現実化しそうなことに思いあたった(そういう会話をしたこと自体も同時に思い出したのだけど)。問題はその先だ。イギリスの場合は新自由主義をかかげた長いサッチャー政権の後、労働党が80年代からすればほとんど奇跡的にも思われる復活を政策面においても―ニュー・レイバーの「第三の道」―メディア戦略においても―ブレアの起用+「クール・ブリタニア」イメージ戦略(オアシスやブラーといったブリットポップとニューレイバーの興隆は結びついている)―遂げたけれども、日本にもそれがありうるのか? つまり、新自由主義の後のチャンスはあるのか? ということだ。
 イギリスの80年代と90年代を日本は繰り返すことになるのだろうか。90年代を繰り返せたらまだしもラッキー。80年代だけを繰り返し*2、そのままアメリカ化へまっしぐら、という可能性も十分にあるように思う。
 アナロジー論だけど、一つの見方ということで。
 ひさしぶりにbewaadさんにトラバしてみる。ちと勇気がいるが。

*1:別のメディア戦略といったレベルもあるがそれについてはまた別に考えたい。

*2:http://d.hatena.ne.jp/flapjack/20050907#p2でふれたポリー・トインビーの本を参照。