「リアル『マトリックス』」の思い出

 
 昼飯のあと、腹ごなしに図書館のなかをぶらついていたら、宮台真司サブカル「真」論』asin:4901391666が目について手にとった。宮台真司がこういっていた。
 「(略)『マトリックス』は、社会的コクーニングです。生命維持装置につながれて、妄想的な夢を見せられているのは、個人ではなく、社会全体なんですね。
 日本のように社会全体がコクーニングしているようなところでは、洒落にならない話です。社会全体のコクーニングの中により小さなコクーン(まゆ)が生まれるのが、日本型オタク社会。そこでプラグインされた生命維持装置から注入されるのが妄想的マンガです。」 
 これに江川達也が「まさに日本社会はマトリックス社会ですよね」と同意する。
 
 数年前イギリスで、友人が入院していたので見舞いにいったとき、彼女が声をひそめてしてくれた話を思い出した。彼女が入院していた大きな病室には、中年から年配の女の人が20人ぐらいいたのだが、夜7時半になると、彼女たちの多くがいっせいに自分のベッドのそばのテレビのジャックにイヤホンをつけて、『コロネーション・ストリート』を見はじめる、というのだ。『コロネーション・ストリート』は、もう40年以上も、週3回ぐらいやっている連続テレビ小説みたいなもの―「ソープ(オペラ)」―だ。それを聞いて「『マトリックス』だね。こっちはリアルな。」といったら彼女は笑わないで、ほんとうに怖そうな顔をしていた。
 
 何日か前、彼女が先週その病院で亡くなったという知らせを受けた。退院してけっこう元気にやっていたはずだった。いろいろ他人を巻きこんで人騒がせなところもある彼女だったが、亡くなるとは。言葉がない。