イギリスの政治報道をめぐる議論:ニック・ロビンソンのBBC政治部長就任をめぐって

 やっぱり外堀だけ埋めてほっとくのはよくないか、と思い、昨日のエントリー(id:flapjack:20050906)の続きを書く。
 今度BBC政治部長に選ばれたニック・ロビンソンは、タイムズ紙にNick Robinson's Notebookというコラムを連載していた(ここ:写真も拝める)。最後の回は6月25日だが、そこで、ITVからBBCに移るにあたっての弁がある。このコラムの最後の二段落だけ訳してみよう。

私がBBC政治部長に選ばれたことに対する人々の反応は、いってみれば、賛否両論だった。国会議事堂で私はトニー・ベン(2001年に引退した労働党ベテラン大物前議員)に出くわした。彼は目を輝かせ、力強く私の手を握り、「非常に重要な仕事」を得たことを祝ってくれた。彼は言った。「君は、首相官邸の外に立って、10分前に首相官邸の中で聴いたことを世界にむかっていうんだ。私は、それを《埋め込み取材》*1と呼ぶんだけどね」。このベテラン議員は一人笑いをして立ち去った。

Reactions to my appointment have, shall we say, varied. I bumped into Tony Benn in Parliament. He beamed, shook my hand vigorously and congratulated me on getting “a very important job”. He said: “You get to stand outside No 10 and tell the world what you heard from inside ten minutes before. I call it ‘embedded reporting’.” The old veteran chuckled before striding off.

同じ日に、ガーディアンのポリー・トインビーが(ガーディアンの論説のなかで)私に「マッチョ」というレッテルを貼った。それをみた私の妻はおかしがったんだけれども、おかしがったのは彼女の論説を読み進んで「マッチョ」というのが褒め言葉とは程遠いのに気づくまでの話。

That same day Polly Toynbee, of The Guardian, labelled me macho, which provoked hilarity from my wife until she read on and realised that it was very far from being a compliment.

トニー・ベンの態度はもちろん皮肉にみちたものである。ポリー・トインビーについてはロビンソンは少し冗談めかしている。ロビンソンが、この二人に言及しているのは、彼らが最近の政治報道についての批判者の代表だからだ。
 トニー・ベンの批判の政治ジャーナリズム批判は、ここで読める。一部訳そう。

 政治記者のある者が与える印象は以下のようなものだ。彼らは、権力をもっている人々の周りを飛び回るが、彼らは、そうではない他の人たちがなにをやって、何をいって、何を考えているのか、あまり興味を示さない。
 一日に二回ある政府当局者の報道関係者への公的状況説明会にでる政治記者は、ますます、軍の将軍にいわれたことを報道する「埋め込み取材」記者に似てきている。ほとんど常に強調されるのは、政治ではなく政治家であり、そのときの問題というよりは政治家のパーソナリティーである。ほとんどの人にとって、これはその性質からして退屈である。特に、あなたが自分自身の考えをもっていて、それが、システマチックに無視されていると感じているならば。
 Some political correspondents give the impression that they hover around the powerful and are not very interested in what other people are doing and saying and thinking.
 The lobby correspondents who go their twice daily official briefings increasingly resemble the embedded war correspondents reporting what they are told by the general. The emphasis is almost always upon politicians rather than politics, upon the personalities rather than the issuesFor most people this is inherently boring, especially if you have problems or ideas of your own that you believe are being systematically ignored.

 少し前に僕がここで書いたようなことだが、トニー・ベンは日本の状況を見るとどういうだろう。
 今度は、ポリー・トインビーの批判について触れよう。トインビーは、ロビンソンが話題にしている論説のなかで、ニック・ロビンソンのBBC政治部長任命に反対の立場を打ち出している(ここ)。トインビーがいっているのは、最近よくいわれる、特にテレビの政治記者たちが、政治と政治家をあまりに軽蔑してシニカルにあつかっているために、それが国民の政治に対する無関心につながっているという批判とほぼ重なっている。

問題なのは、政治はいかに報道されるべきかということである。BBCの政治報道の大物たち−ジョン・ハンフリーズ(John Humphrys: BBC Radio4 の朝の看板ニュース番組Todayのプレゼンター)、ジェレミー・パックスマン(Jeremy Paxman: BBC2の夜10:30からのニュース番組)、アンドリュー・ニール(Andrew Neil: 昼のDaily Politicsの司会)、そして今やニック・ロビンソン−彼らは皆、政治と政治家たちを、多かれ少なかれ同じようなかたちで扱う。すなわち、剥き出しの軽蔑でもって。基本形は、すべての政治家を嘘つきとみなすということだ。もし、政治家が、少し退屈な、けれども重要な政策について語っているだけだとしたら、視聴者を退屈からすくうための唯一の道は政治家を攻撃すること、というわけだ。

The issue here is how politics should be reported. The BBC's big political beasts - John Humphrys, Jeremy Paxman, Andrew Neil and now Nick Robinson - all treat politics and politicians in more or less the same way: with naked contempt. Default mode is to regard all politicians as liars. If they are only laying out some prosaic but important policy, then the only way the viewer/listener might possibly be saved from boredom is by assault and battery on them.

で、ニック・ロビンソンのことは以下のように評価する。

議会ロビーのロットワイラー犬:容赦なく攻撃的で、耳障りで、ときにはあからさまに無礼で、政治家に対する猛攻撃のために尊敬されている。(中略)BBC政治部長の「マッチョ」な候補者である。
In the male corner was a man seen as a rottweiler of the lobby: relentlessly aggressive, abrasive and sometimes downright rude, admired for his take-no-prisoners onslaught on politicians. Clever and consumed by an obsession with all the minutiae of every passing ripple in the Westminster game, the man is a walking Wisden of political detail. He is the lobby personified, he was made for it and it for him. Two tough guys - the editor of the Today programme and the editor of the 10 o'clock news reportedly strongly backed the macho candidate.

トインビーが推すのは、マーサ・カーニー(Martha Kearney)である(たぶんジェレミー・パックスマンと同様にニュースナイト担当)。

(略)彼女は辛辣でありうるけれども、カーニーとロビンソンの真の違いは、彼女が、政治を、権力の座にある嘘つきの連中とメディアにいる高貴な剣闘士とのあいだで戦われる暴力的な格闘技としては見ないという点にある。
Martha Kearney is calmer, wiser and - that rarity in the lobby - someone who is as interested in the policies themselves as in the Westminster game. Because she is not a rottweiler, her denigrators outrageously called her "coquettish" - which roughly translates as "not a man and not hideous to behold". She can be acerbic, but the real difference is that she does not approach politics as a violent contact sport between the lying bastards in power and the noble gladiators in the media.

トインビーは論説を以下のように締めくくる。

BBCは、殺し屋ロビンソン対分析家カーニーのどちらを好むかについて、視聴者調査をやったのだろうか? (中略) ロビンソンを、視聴率に苦しんでいるITVニュースで彼に求められた報道スタイルによって判断するのはアンフェアかもしれない。BBCに戻れば、あまり大声で叫ぶ必要もなくなるだろう(flapjack 注:これはあくまで比喩的な表現だが):ロビンソンは確かに頭がよく知識もある。しかし、これは、BBCが政治に対する二つの異なった態度のどちらかをえらばなければならない決定的な瞬間のひとつであり、悲しくも、BBCは(分析よりも)「戦闘」という態度を選んだのである。

以上が、トインビーの批判である。
 ちなみに、こういうトインビーが批判するような状況は、ここで書いたように、日本ではマスコミレベルではまったく存在しないといっていいと思う(田原総一郎をニック・ロビンソンやジェレミー・パックスマンと同列に扱うな、と断じて言っておきたい。)
 それはともかく、では、ニック・ロビンソンは、この二人にたいして、どのように応えているだろうか。最初に引いたコラムの続きを読みすすめよう。

BBCやその他のマスコミがどのように政治を報道するかについては、数多くの正当な懸念や議論がある。トニー・ベンが望むように、権力の座にある人々に問いかけ迫るにはどうすればよいのか? しかも、ポリー・トインビーが恐れるように、われわれの民主主義に対する信頼を損なうことなしに。この問題は、問うよりも答えるほうが難しい。わたしとしては、シニカルではなく懐疑的(スケプティカル)であること、いじめるのではなく問いかけること、自分の一方的意見を述べるのではなく分析すること、パーソナリティーだけではなく政策を吟味すること、簡単にあきらめるのではなくしつこくすること、分かりにくくすることなく説明すること、退屈させることなく喚起することを目指したい。私は、自分の机の上に、以下のようなメモをはりつけておこうと思っている。「トニーとポリーのいったことをおぼえておけよ、アホタレ(>自分)」

There are many legitimate concerns and debates about how politics is covered by the BBC and others. How do you question and challenge those in authority, as Tony Benn wants, without corroding trust in our democracy, as Polly fears? The question is easier to pose than to answer. For my part, I will aim to be sceptical, not cynical; to question, not to hector; to analyse, not to opine; to examine policy, not just personality; to persist, not to give up easily; to explain, not to obfuscate; to excite, not to bore. I plan to pin a notice above my desk reading: “Remember Tony & Polly, stupid.”

ニック・ロビンソン、わるくないと思う。
 それはともかく こういうマスコミの人事についての議論が、マスコミ上で相互参照しつつオープンに交わされているという点に、くれぐれも留意されたい。
 もう少し、ニック・ロビンソンについては書いておきたいことがあるが(結局、昨日ふれたインタビュー記事に入れなかったし)、今日はこれまで。

*1:「埋め込み取材」embedded reportingというのは、今回のイラク戦争の時にジャーナリストが取材するには米軍の部隊のなかに埋め込まれなければならない、と強いられた件に言及している。