フランスとイギリスの温度差―EUの経済政策について

ジジェクロビン・クックについて足りない頭で考えてみたわけだが、それをさっそくfenestraeさんがフランスからの視点で相対化してくださった(id:fenestrae:20050606#TCENonPorteurDEspoir)。そのおかげで、イギリスからみえる風景とフランスから見える風景のズレがようやくすこしわかってきた。
 それを考えるうえで、まず触れたいのは、先日ここにコメントくださった猫屋さん(ようやくお返事できた、おそくなって申し訳ない)がLa mort d'une idee あるイデーの死、微熱の夜に浮かされてというエントリーでいわれていること。

トニー・ブレアの野心とは何なのか、というのがジオポリ・ウォッチャーしてた頃謎だったんですが、ここらにきてかなり明快になってきたように思います。ブッシュのプードル(ん?チワワだったっけ。ポチが極東の人か)とまで呼ばれても、自国議会をだましてまで、何故英国軍隊をイラク戦争に参加させたか。やはりこれはブレアなりの野望貫徹のための手段だったと思います。<中略>この人がやりたいのは、英国を米国・欧州間のパイプとして機能させ、欧州大陸に英国モデルを導入、結果として、ある意味での“新自由主義”を欧州に拡散させる。その意味で、ブレアはEU支持なわけ。

 もちろん、これは完全に当たっている。ここで注意しなければならないのは、ブレアの場合はイラク戦争に参加することまでしたわけだが、しかし、イラク戦争に参加することに反対しブレアに反旗をひるがえしたロビン・クックも、EUとの関係にあたってはブレアとビジョンを共にしていることだ。そうであるからこそ、前回抜粋翻訳した論説のなかでクックは、フランス・ドイツの人々に対してイギリス政府ができることとして

一つは経済改革について、それが脅威であるかのごとく語るのをやめること。もし経済改革が全雇用と繁栄につながる道であると示せばフランスやドイツの人々は我々のEU経済政策についてくるだろうが、雇用の安定性をあきらめ規制緩和によってレッセ・フェール的競争の冷たい風への窓をあける必要があるとイギリスが語り続けるのなら、そうはならない。

と述べているわけだ(そうでなければ理解できない)。イラク戦争に対する是非は別にして、労働党のメインストリームはこの路線でだいたいまとまっている。
 イギリスの経済運営はフランス・ドイツなどに比べてうまくいっており、民間の活力もあるように思われる。イギリスにいたとき同じデパートメントにいたフランス人の友人は、「フランスではウェイターになるのですら資格がいるんだ、しかもそれをえるには2年間ぐらい経験をつまなきゃならない。そんなあほらしいことがあるか?イギリスだとそんなこといわれずにすぐ働ける。だから当分フランスにかえるつもりはないなあ。フランスだと暮らせない」なんていってた。何回かこのブログでもふれてきた Question Time というBBCの時事討論番組の5月26日はEU特集だったわけだけど、この番組の途中と終わったあとに寄せられた視聴者の意見が番組のウェブサイトにアップされている(リンク)。そこでも同じような意見を目にすることができる。

I'm French and I have worked in Britain for 5 years, mainly because I believe more in this system. I believe most of the people don't really know what's in the constitution anyway but they tend to vote "no" in France for two main reasons. They don't see the progress coming from Europe as promised but at the same time they oppose the more liberal system which is proposed. Today's France is similar to 1980's Britain workwise. They need Maggie more than a constitution!
Fred Marchand, Birmingham
私はフランス人で、イギリスで過去5年ほど働いてきました。その理由は主に、イギリスのシステムにより信をおいているからです。ほとんどの人々は欧州憲法に何がかいてあるのか、いずれにせよぜんぜん知らないのに、フランスでは、以下の二つの理由でノンに投票する傾向があるのだと信じています。
 (ひとつは)フランスの人たちは、約束されたようにEUから進歩がもたらされるのがみえないのです。けれども同時に(ふたつめとして)欧州憲法のなかで提示されているより自由主義的なシステムに反対しています。今日のフランスは、雇用・労働に関するかぎり、1980年代のイギリスに似ています。フランス人は欧州憲法よりもマギー(マーガレット・サッチャー首相)を必要としているのです。
フレッド・マルション(バーミンガム

 サッチャーに対しては人によって賞賛と批判がまっぷたつに割れる。それは80年代にあまりにも激しい自由主義的政策をとりいれたために、労働組合とはげしく衝突し、多くの人々が傷ついたからだ(それを象徴するのが84年の炭鉱ストである:映画「リトル・ダンサー」(Billy Elliot)の背景はこれ)。そうした激しい変化にもかかわらず人々は保守党を3期、サッチャーが降りてからもさらに1期にわたって支持し続けた。だから、97年に労働党が保守党から政権を奪取するまえに、労働党が、およそ労働党の議員らしくないトニー・ブレアを党首にしたのは、そして彼が代表する新世代のニューレイバー(生まれ変わった労働党)たちが訴えたのは、サッチャー新自由主義(新自由(保守)主義)でもなく、旧来の社会党が掲げていた社会民主主義でもなく、その二つの道の間をいく「第三の道」だったというわけだ。いまの労働党は、このやり方を大陸ヨーロッパにも輸出しようとしている。
 フランスの人からみれば、それはあまりにも新自由主義的すぎる(too liberal)というふうに見えるのかもしれないけれども、イギリスのほうからみれば、いやサッチャーのころのようなひどいやり方にはならないさ、何をそんなにおおさわぎをする必要がある、というふうに見える(移民とかに対するおそれとかそういう要素をとりあえず除いて経済改革についてのみ焦点を絞れば)。
 イギリスに話をもどせば、労働党内でも路線の違いがある(その違いの大きさについては議論のあるところだが)。たとえば、ブレアはより新自由主義的でである一方、時期首相と目されるブラウンはもう少し社会民主主義(つまり労働党の伝統的立場)のほうになじみがある。ロビン・クックはこの意味ではブラウンよりの立場を論説では打ち出していることになる。すなわち

第二は、EUからもたらされる、人気のある政策をイギリス政府がさまたげないこと。なぜ、ダウニング・ストリート(首相官邸のチーム)は、週48時間というEU基準をイギリスの労働者に適用しないことを原則の問題とするべきなのか? 過長な時間はたらかされている労働者たちの大部分には週48時間というEU基準は人気あるだろうと彼らは知っているのに。イギリスのビジネス界が、低い1時間当たりの生産性に正面から向き合わない理由のひとつを取り除くことは、進歩的な経済改革政策パッケージの一部であるべきではないのか?

というとき、首相官邸にいるブレアは新自由主義的立場から企業側にやさしく労働者側に厳しい立場をとっている(こういう態度が入ってくることをフランスの人々は恐れているわけだ)。しかし、クックは、むしろイギリスはそういう経済政策をフランスとかEUに売るだけではなくて、EUからも社会民主主義的なところを学べよ、といっている。
 ブレアもクック/ブラウンも親EU派であるといっても立場にズレがあるわけだ*1。クックは、ブレアのEUに対する立場は傲慢であり、そうではないやり方をしないとブレアの望んでいる方向にも行かないよ、といっている。これは妥当に思える。

*1:他に大きな違いは、ブレアはユーロを採用することに積極的だが、ブラウンは消極的