ジョン・ピール、階級、BBC

仲俣さんのところでも書かれていたが(id:solar:20041028#p1)、先週BBC Radio1のDJジョン・ピールが亡くなった。イギリスのメディアは彼の死をかなり大きくあつかっていたので気になった。彼の名前は聞いたことがあったけれども、実際どれほど重要な人物であったのか彼の生前知ることはなかった。しかし、まだなくなって1週間という11月6日夜にJohn Peel Tributeという番組がBBC2で放映されていた(それをちらちら見ながら仕事していた)。それを見て、一端がわかった。
 なぜ彼が、たとえばパンク(パンクだけではないが)にとってそれほど重要な存在だったのか、というと、それは彼の番組だけが、パンクを全国に流せる場所だったからだ。パンクはあまりに過激すぎて、どのレコード会社もしり込みしてパンクのバンドと契約を結びたがらなかった。レコードがつくれないので流通しようがなかったのである。ジョン・ピールとRadio1の契約の一条項に、BBCのスタジオでオリジナルのレコーディングをしてそれを流してよいというのが含まれていたらしく、ピールはこれを最大限に活用した。彼のところに送られてきたテープがよければ、そのバンドはBBCに呼ばれてレコーディングを好きなやりかたで行うことが出来た。そのおかげで、レコードがないにもかかわらず、全国にパンクが流れることが可能になったのである。そのレコーディングをあつめたのが「ジョン・ピール・セッション」というシリーズのレコードで、だからこの「ジョン・ピール・セッション」ものは重要なのだということだそうだ。
 僕が特におもしろいと思ったのは、ジョン・ピールは、小規模な学校とはいえパブリック・スクール卒(パブリック・スクールとは名前とは反対に私立で全寮制の学校一般を指す:当然ながら学費は高く、ここに通う子供・通わせる親はアッパー・ミドルクラスに属することになる)であり、かなりポッシュ(この語についてはどこかで書いたな)な家の出であった。そのことが、BBCからすれば非常に過激かつ冒険的な彼の趣味をBBCが信頼しつづけたことのかなり重要な要素であるとこの番組でインタビューされていた人が述べていた。かなりいい家の出であるピールは労働者階級のどこのだれだかわからないやつではない、そのピールが「この音楽は聴かれる価値がある」というのならば、とりあえず聴取者もかなりいることだしほっておいてやろう、というのがBBC上層部の彼に対する態度だったというのだ。
 そもそも、ピールがBBCで採用されたときの面接で、本人はダメもとでうけたわけだが、たまたま面接中に採用担当者が実はピールが出たのと同じパブリック・スクール出身であることから話があってそれで採用されたのだと(この番組ではなく別の番組でながされたインタビューで)ピール自身が語っているのを見た。
 この上層階級出身のDJが労働者階級の音楽を擁護championする、しかも上中流階級出身のDJであるから労働者階級の先端の音楽が放送されることが可能であったというのがいかにもイギリス的である。一面では、これぐらい鼻持ちならない話はないだろう。しかし、イギリス人の多くはこれがBBCのよいところであるとも認めているように思う。考えてもみれば、ピールの階級的出自の話はいずれもBBCで放送されたのである。こういう話はあんまりBBCにとってはよくないから流したりしないようにしよう、となっておかしくないわけだが、まるで隠したりしなくてそういうふうであったよと、他人事のように流してしまうところがまた面白いのである。まあ、アクセントからして隠しようがないんだけどね。

 それはともかくこの上中流階級の一部が労働者階級の利益を擁護するという点は、イギリスの社会・政治・メディアを理解するうえにおいて非常に重要なポイントだと思う(というはなしをこの間からアメリカの大統領選との関連で友人たちとしていた)。この話はまた今度(っていつになるか)。