理解と是認の間

こうしたことすべてを考えながら、過去を時代の文脈におき、人々の行動を相対主義の相のもとで理解することは確かに必要かも知れない。しかしまたわれわれには、現代につながる近過去を、新しく獲得した現代の価値基準で見、そこからショックを受け、受け入れられないものとしてはねつける権利も義務もあると私は信じる。id:fenestrae:20041019

 基本的にここで言われていることのおおよそに僕は同意する。*1
 fenestraeさんがいう「はねつける権利と義務」とは、僕的にいいかえれば、すなわち「オレは自分の生を生きる」ということにほかならない。それが権利であるというのならともかくなぜ義務かというのには異論もあるだろう。僕としては、権利とか義務とかいう必要はないと思う。というのは、「生きる」ということは、相対主義ではすまない決断をしていくことであるからだ。過去のなんらかがいかに良きものであったとしても、もしそれが自分の生に必要のない、あるいは有害であることならば、それははねつけるのは当然のことである。誰しも生きている以上、なんらかの決断をし、何かを選び、そして何かを選ばない。生きることは、それが結果的である(意図してのことではない)にしても「はねつける」ことをともなう。「はねつける」とは、したがって、事実性の領域に属する。
 重要なのは、そのことは、fenestraeさんのところの同日のコメント欄でkagamiさんがいう「現代のパラダイムを持って過去の歴史を断罪する」というのとはまったく別のレベルに属するということだ。「過去を時代の文脈におき、人々の行動を相対主義の相のもとで理解していく」ことは必要である。なぜそのように人々は行動したのか、それをある意味で善悪の彼岸から眺めることにより、「現代のパラダイム」によっては見えなかった当時の人々・社会の側面が見えてくる。しかし、それは過去の生を「是認」(endorse)するということと同じではない。
 過去を時代の文脈におき、人々の行動を理解していこうとすることは、ある意味では自分が他者になりうる可能性を想像することを意味する。しかも、たまたまそれが自分ではなく他者であった、しかもそれがあまりにも偶発的な事実によって決定されていると感じるとき、人は「慄然とする」(id:kmiura:20041025#p1)。
 この「慄然とする」あるいは「粛然とする」感覚のない者が歴史を語ってはならないと思う。慄然としつつ、しかし、人は生きる。
 たとえば、自分の親たちがなぜ彼らがしたような行動をした(している)のかについて、彼らそれぞれの家族関係、経済状況、ものの考え方などがいろいろな経過を経てわかってくることで、それなりの理解できなくない(reasonableな)論理が見えてくることはよくあるだろう。自分をそこに重ね合わせることすら可能かもしれない。しかし、それは彼らの生き方を、自らの生き方として選ぶことだろうか。きわめて多くの場合そうではないだろう。理解することと是認することとは別のことである。同じことが「歴史」のレベルでもある程度いえると思う。
 
 しかし、「歴史記述は歴史家自身の価値判断からなるだけ距離をとろうとすべきだ」(id:jounoさん at id:Jonah_2:20041022#c)というのも確かにある。歴史家が自分の価値判断にそぐわない事象を視界から外すことは比較的容易であるからだ。歴史学が「わたし」だけのものであるならばそれでもよい。しかし、歴史学は「「わたし」ではなく「わたしたち」にとっての科学」(小田中直樹歴史学ってなんだ?』(isbn:4569632696) 80頁)である。そこで「公正さ」が要求されると考える。価値判断から歴史家が完全に自由になることなどありえない、しかし、自分の価値判断に支配(dictate)されるのでは歴史記述の「公正さ」にもとる。実際に問題なのは価値判断そのものよりも、むしろこの公正さの感覚ではないか。それは中庸ということでもないし、いわゆる反証可能性ということも重なるがイコールではない。ある種のコミュニケーションに対する感覚なのだけれども。[追加1]これは、その歴史記述をものした歴史家個人によってのみ達成されるものではなく、それを読む読者によるその歴史記述のクリティカルな評価をはじめとする「議論のフォーラム」が決定的に重要である。(その点で、書評は重要である(書評の重要性については多くの人が指摘していて特にウェブ上ではさまざまな試みがなされているところではあるが))。[追加1終]
 それはともかくとして、社会として「われわれはこれを是認する」あるいは「否定する」というのは議論されてあたりまえのことだと思う。[追加2]この「わたしたち」という公共のレベルにおいて、上で個人のレベルでは一度うっちゃった「義務」という概念を再導入するのはありかもしれない。すなわち、「現在のわれわれが何を是認するか、否定するか」を議論を通じてコンセンサスを積み上げようとすることは、次の世代に対する義務であると。結局、こうした議論の積み重ねをしようとする空間が70年代後半以降空白状態になっていたということが、いわゆる「新しい歴史教科書を作る会」やそれを支持する人々の背後にあるのではないか(すなわち、これらはより大きな絵の一部にしかすぎないのではないか)。
 しかし、そういう空間はやはりその国のメディアの状態に大きく左右されるということを、アメリカ、日本、イギリスなどを見ていると思う。とりあえずこの一点においては、アメリカ、日本(たぶんイタリア)はかなり近い、一方イギリス(とフランスとドイツ)は近いという印象がある。[追加2終]

[以下の部分はとりあえず残すけれども。。。という感じ]
 今日本で問題なのは、こうした[「われわれはこれを是認する」あるいは「否定する」という]意見そのものではなくて、コミュニケーションのあり方のほうではないか。にもかかわらず、コミュニケーションのあり方の話が、意見の問題に帰されてしまっているような。それが一番問題なのではないかと思う。

*1:ただ、この部分の直後につづく「もし理解という行為があるとすればそれはその権利を行使してからのことだ。」というところまで僕はいいきれないのだが。