ブッシュ来英

ジョナサン・フリードランドは、今回のブッシュ訪英は、ブッシュ側の希望によるものだと論じる*1 ブレアにすれば、得なことなど一つもないからである。しかも、今回訪れるのは、アメリカ大統領としては、(ウィルソン以来の)国賓としてである。

それにともなう数々の式典は、大統領選挙の時に使えるようないい写真をとる機会なのだ。実際、外国のことに興味のない多くのアメリカ人が認識できるアメリカ以外の公人といえば教皇とイギリス女王ぐらいであり、教皇の明らかな戦争反対の態度を考えると、イギリス女王しか残っていない。

ブッシュは、ザ・マル(トラファルガー・スクエアからバッキンガムパレスに向かう大並木道)をオープン・カーで走りたい、といったらしい。イギリス側は、さすがにそれはセキュリティ上の理由で(あるいはそれを口実にして)断ったらしいが。

月曜日の夜10時半のニュースナイト*2で、厳しい質問の名手といわれる司会者のジェレミー・パックスマンが、番組に出演した警察の担当者に質問。このときのやりとりは、うまいなあ、と思ってしまった。再現しようと思って正確に思い出そうとしたのだが、思い出せなかった(残念)。

いずれにせよ、パックスマンは、この警察の担当者とのやりとりで、この担当者自身が直接認めたわけではないにせよ、アメリカ側がイギリスの警察に対して、そうとう無理難題をいったという事実が背後にあることを浮かび上がらせる。実際、ボディーガードとかが非常時には銃を発砲してもよい(あるいはそれに類したことを)ブランケット内相が許可したとなんとか。アメリカは他にも軍用特殊車両などを護衛用に持ち込むらしい。

2月15日のデモなどをオーガナイズしたStop the War Coalitionという反戦団体は、今回のブッシュの訪英に対して大規模なデモの準備を進めている。警察とデモのルートに関して話し合いを行っていた。同じニュースナイトで、ようやく合意にいたったとのことを知る。

テムズ川の南から国会議事堂のそばを通り、ホワイトホール(イギリスの霞ヶ関)とダウニングストリートのそばを北上してトラファルガースクエアというかなりデモの存在感を示すルートになった。これは、デモ側の勝利だろう。*3 デモの人数としては10万人程度が予想されている(というかそれくらいをStop the War Coalitionが期待している)。

このデモについて、ロンドン市長のケン・リビングストン*4は全面的に支持を打ち出している。彼がいうには:
"I think that Bush is the greatest threat to life on this planet that we've most probably ever seen. The policies he is initiating will doom us to extinction."
"I don't formally recognise George Bush because he was not officially elected. We are organising an alternative reception for everyone who is not George Bush... We are trying to get Michael Moore over as our guest as the alternative voice of the US."

マイケル・ムーアは、先週あたりからイギリスに来ているみたい。土曜日深夜のトークショーフランク・スキナー・ショー)に出て、デモへの参加を呼びかけていた。)

それに加えて、先週末あたりの話なのだが、戦死者の家族の一部のブッシュ来訪に対する反応が興味深い。これまでに見られたのは、「自分の息子は戦死したが、これは正しいことのために死んだのであって、自分は息子のことを誇りにおもっている」というコメントばかりであったが、今回ブッシュ来訪ということになって、異なった声が聞こえ出した。

どうも、戦死者の家族がブッシュに会う機会が設定されているようなのだが、その場に招かれている戦死者の家族のなかで、「もちろん自分は兵士たち(troop)のことは応援している。しかし、自分の息子が死んだのは、ブッシュのばかげた政策のせいであり、ブッシュになんて会いたくない」という人々が出てきている。あるいは会うということにしても、それは「彼の目を見て確かめたい」ということを言っている人もいる(まあ、後者はたぶんブッシュ支持に結局は回るのだと思うのだが)。


ただ、イギリス全体という意味では、ちょっと違った風が吹き始めているようだ。すでに日本でも一部報道がでているのだが、今朝18日付のガーディアンに出る世論調査結果によると、「ブッシュ米大統領の訪英を歓迎するとの回答は43%となり、歓迎しないとの回答の36%を上回った」という。「特に与党労働党の支持者では、過半数の51%が訪英を歓迎しており、ブッシュ大統領を招いたことはブレア英首相のダメージになるという一般的見方を覆す結果が出た」。
http://politics.guardian.co.uk/iraq/story/0,12956,1087545,00.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031118-00000631-jij-int

ガーディアンの記事にはでてこない分析なのだが、後者に関しては、保守党が党首交代によって、急に労働党に対抗できる勢力と国民に映りはじめたことへの危機感があるらしい。

これまで保守党内部をまとめることができないイアン・ダンカン・スミスのおかげで、労働党が何をやっても次の政権も労働党だろう、という気持ちがあるので、労働党内部から逆にブレアに対して厳しい批判ができたのだが、マイケル・ハワード党首就任(しかも内部争いなく)による安定感、ルーパート・マードックが保守党に支持を切り替えるかもしれないというニュース、そういったもので、少し労働党内部におけるブレア批判が抑えられてきているということだ。

また、トニー・ブレアは、夏以降、外交的には完全に「革命的な変化」を見せており、アメリカと距離をおき始めていると先週金曜日あたりのガーディアンの社説が述べていた。そうした変化が、世論にも反映してきていると考えることもできる。

(この世論調査の結果はだれもにとって少し予想外だったようである。メディアは国民の考えを読み間違えていたのではないか、という話もある。しかし一方で、ブッシュを批判するデモはあっても、それに対抗する「ブッシュを歓迎せよ」というデモがあるわけではないことに注意を促す向きもある(今朝のBBCブレックファースト)。経済的にも政治的にも文化的にも基本的にはアメリカとの関係が最も重要であるという客観的事実はあるわけで、そういうニュートラルな立場を国民が打ち出しているに過ぎない、という解釈だ)。

今後だが、デモが実際にどれくらいの規模になるか、そして平和裏に終わるかどうか、というのが一つの焦点になると思う。

(1万4千人の警察官が警備のために首都に導入されるらしい。テロの恐れもあり、セキュリティの問題がやはりクルーシャルになっている。デモに参加する人々の出足にもこの問題が影響するだろう。)

(ブレアは、この反戦デモをブッシュとの交渉において使うことができるかもしれないと考えられている。(1)グアンタナモ湾に裁判もおこなわれないまま拘留されているイギリス人捕虜の引渡し、(2)アメリカは関税をヨーロッパの鉄鋼に課そうとしているがそれの撤回、の2点において、ブッシュの譲歩を引き出せるのではないか、と。ただ、これまでブレアはこの種の譲歩をブッシュから引き出すことにことごとく失敗してきている(だからこそ、なんのためのブッシュ支持なのだ?という疑問が大きくあるわけだが)。今回はどうか?)

*1:「誰が彼を招いたの?」http://www.guardian.co.uk/comment/story/0,3604,1083010,00.html

*2:BBC2の硬派ニュース。BBC1の10時からのニュースがより一般的であるのにくらべ、ニュースナイトは、論点を絞り、政治家・関係者を呼び、司会者の厳しい質疑がなされる;また週に何回かは後半に文化編があり、映画・小説についてそうとうに突っ込んだ批評座談会が行われる

*3:と思って、ガーディアンの記事を当たってみたら、そのように解説されていた。http://politics.guardian.co.uk/iraq/story/0,12956,1087510,00.html

*4:前回の市長選でブレアが労働党候補者として(前保健相)フランク・ドブソンを推したのにもかかわらず、リビングストンは立候補し、結果として労働党籍を剥奪された。しかし、結局圧倒的人気を誇って当選、いまでも人気がたかく、ブレアは彼を労働党に引き戻そうとしているというのが先週の状況。