イギリスの大学の大衆化

 イギリスの大学教育は大衆化という意味では日本よりも二十年以上「遅れている」といってよいのではないか。比較的最近まで大学進学率がそれほど高くなかった。ただ2002年時点で30歳以下の人口の41.5パーセントまで大学進学率があがってきている。しかし1999年に労働党政権は30歳以下の大学進学率を50パーセントにまで上げることを目標としてうちあげた。*1
 これに対して世論は特に反対しているように思われない。大学にいけば社会的上昇が果たせる、その機会を与えることが労働党政権の存在意義だというのが−古いタイプの労働党支持者でなくても−オフィシャルラインといっていい。*2
 そんなわけで、大学進学率は年々上がっている。しかし、大学に進学する人々の数が増えればいいというものではない。たとえば、イギリス商工会議所は「今のイギリスに必要な人材は大学卒業者ではなく適度に熟練した労働者であって、政府の方針は、このギャップを埋めるのに何の役にも立たない。ある人々は大学に行くことに意味があるだろうが、他の道をたどることでより多くのことを達成できる人も多くいるのだ」という声明をだしている*3
 しかも、大学のみならず公共セクターにいく予算を切りまくったサッチャー時代に比べて少しはましとはいえ、大学に十分な予算は与えられておらず、僕の周りをみていても、増える学生数に大学が十分に対応できてきているようには思えない。
 大学教員の組合であるAUTは、政府の目標に対応するには4万人の増員が必要だと1 March 2001の段階で述べる。*4 さらに、9 September 2002には「政府は自分がしようとしていることがどれくらいコストがかかるか、どれほどの教員の増員が必要なのか、ほとんどまったく知らない」としている。*5
 とすると、大学が提供している教育の質、あるいは教育をうける学生の質が下がっていくのは当然のことだろう。 
そういうわけで、最新号のThe Times Higher Education Supplement(日本でも比較的知られている書評誌TLSすなわちTimes Literary Supplementの兄弟誌で、高等教育に関する専門新聞)の最新号で、フィル・バティPhil Batyによる「大学人への世論調査は水準の低下をもたらす圧力があることを示す」という記事が出ても驚きはなかった。とりあえず記事に前半を翻訳する。

大学が(大きな)学生数と教育するための予算を維持しようと苦戦するなか、学位レベルの学問から裨益できるだけの能力がない学生を教えている、そして学位に値しない学生に学位を与えざるをえなくなっていると大学人たちは述べる。
 ほぼ400人の大学人に対してなされた調査は、6人のうち5人の割合で「高等教育機関が自由にできる予算が絞られていることが、学問(教育)水準にマイナス効果を与えている」と考えている。
 他にわかったことは:

  1. 71パーセントが彼らの「教育機関は、高等レベルの学問から裨益する能力のない学生の入学を認めている」点に同意。
  2. ほぼ半数(48パーセント)が、「合格に値しない成果を残した学生を合格にせねばならないと感じたことがある」と述べる。
  3. 42パーセントが「学生を不合格にする決定が、その大学のさらに上のレベルでくつがえされたことがある」。38パーセントの人はこれに不同意した。
  4. 5人にほぼ1人の割合で、学生の剽窃(plagiarism)に目をつぶったことを認めた。

この調査に対する反応として、教育技術省the Department for Education and Skillsのスポークスマンは「コースを修了する能力のない学生の入学を多くの大学が許している、あるいは、コースの単位に値しない学生を通しているとすれば、懸念すべきことだ。政府は、大学への入学はは、学生が達成したものとその潜在能力に基づいてなされねばならないという点においてはっきりさせている。」
(以下略)

 問題は、政府が、大学がそれをできるだけの予算を与えているかというと与えていないということなのだが。
 日本の大学とやたら似てるという気がする人も結構いるんではないでしょうか。
 ただ、こういうかたちであつかっているメディアは日本ではあまり見ない。The Times Higher Education Supplementのようなメディアの存在そのものもおもしろいと思います。

*1:http://www.prospects.ac.uk/cms/ShowPage/Home_page/Labour_market_information/Graduate_Market_Trends/Widening_participation_in_higher_education__Spring_02_/p!eLdXgb

*2:ブレア政権は実際のところあまり労働党らしくないわけだが、それにもかかわらずこういうわけである。

*3:http://www.chamberonline.co.uk/press_centre/press_21042004_3 http://www.chamberonline.co.uk/press_centre/press_17082004

*4:http://www.aut.org.uk/index.cfm?articleid=326

*5:http://www.aut.org.uk/index.cfm?articleid=287 ただ、22 January 2003には、新しい政府のアナウンスメントは二歩前進、一歩後退として予算に関しても少し評価している。http://www.aut.org.uk/index.cfm?articleid=266