政治家と官僚の関係を描くエヴァーグリーン

「Yes, Minister」というポリティカル・コメディーである。1980年に放映されたエピソードがBBC2で再放送されていたのだ。

ポール・エディントンPaul Eddingtonが演じる大臣(minister)、ジェームズ・ハッカー The Rt Hon James Hacker PC, MP, BSc (Econ) は高い理想をもっているのだが、ナイジェル・ホーソーンNigel Horthorneの演じる官僚(事務次官)ハンフリー・アップルビー Sir Humphrey Appleby ののらりくらりとした対応によって自分の目指す政策をなかなか実現できない、人はよいが少し頼りない政治家である。

「Yes, Minister」でも、同じキャストでこの大臣が総理大臣になり、官僚が内閣官房事務次官(cabinet secretary)になったバージョンである「Yes, Prime Minister」でも、自分の政策を実現しようとするジム・ハッカーと、それを慇懃にも受け止めながら(したがって「Yes, (Prime) Minister」という題名)サボタージュしようとするハンフリーのやりとりが、主なストーリー・ラインを構成する。*1

普段、ハッカーは、おかしいなあと思いながら、なんとなくハンフリーによって丸め込まれているのだが、今回みたエピソードでは逆襲に成功していて、それだからというわけではないが、かなり傑作エピソードになっている。ネタバレだが、以下にストーリーラインを要約する。別に要約自体はあんまり面白くはない。これを読んで当のエピソードを見ても、やっぱり同じだけ笑えると思う。笑えるのはストーリーではないのだ。
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ハッカーは、前政府(ハッカーの政党が労働党であるか保守党であるかは判然としないようにつくってある)から引き継がれた国民データベース(住民基本台帳を思い起こさせる)導入の担当大臣である。テレビでのインタビューで「政府はビック・ブラザーになろうとしているのではないか」という質問をされるのだが、ハッカーは「それは重要な質問です」というだけでまともに答えない(この質問にハッカーがのらりくらりと答える部分、またこのインタビューがオン・エアーになる前後になされるインタビュアーとハッカーの会話はめちゃくちゃ笑える)。

まともに答えないのは、ハンフリーがハッカーにまともに答えないように指導しているからである。実のところハッカーは、このデータベースには個人情報流出あるいは不正利用に対する予防措置(セイフガード)が十分にとられるべきであり、またそれぞれの個人は、自分についてどのような情報が蓄積されているか自由に確認できるべきであると考えている。ただ、ハンフリーによってなんとなく、それができない、と信じ込まされているのだった。

同じデータベースの案が前政府によって練られていたことを知ったハッカーは、(官僚であるので当然ながら前政府にも仕えていた)ハンフリーに前政府の案について尋ねるが、ハンフリーはなんのかんのもっともらしい理由をつけて答えない。しまいには、My lips are sealedといって黙ってしまう。

ハッカーは、議会のなかで、前政府の担当大臣であった人にたまたま出会い、会話が始まる。
「大臣職はどうだい?」
「思ってたよりも面白くないんだなあ」
「できると思ってたことがなんとなく官僚civil serviceの連中によってできなくされてんだろう」
この前大臣は、官僚の手口について講釈を垂れはじめる。
「なにか、やつらは5つのステップで僕らがやろうとすることを妨げようとするんだ。それを彼らは「創造的無為」creative inertia と呼んでる」
「まず、こっちが、やろうと思う政策をいうだろ、そうすると官僚は
1)それを達成するのに、これが最もよいやり方なんですか? とくる。次に
2)いろんな理由で、「それをするには適当な時期ではないのです」。それから
3)それには、技術的、法的、行政上の、さまざまな問題があります。
4)それを解決するにはものすごい作業量があります。人員を追加配置する必要もあります。で、最後に
5)これで閣議とおりますか。と、くるんだ。」
途中からメモをとり始めたハッカーは、こう尋ねる。
「どうやったら、彼らを動かすことができるんですかね」


「それがわかってるんだったら、野党になんかなってないよ」(爆)


前回のテレビでのインタビューが十分に疑問に答えていないと考えた別の番組が、ハッカーにインタビューを申し込んでくる。予定が立て込んでダブル・ブッキングしまくりであるハッカーはインタビューを受けたくないというが、「すでに[番組に出ると]発表されてます It’s already been announced」と言われてしまう。だが、ここにヒントが。

ハッカーはインタビュー上でハンフリーにことわりなく、「官僚の方々は非常にうまくやってくれています。今、データベースに関する個人情報に関する予防策を練っており、全ての個人が、大臣の許可を求めることなくその当人に関して集められた情報を閲覧することを可能にします。これを可能にするために、次官は彼の首をかけてがんばっています」と「発表」announceしてしまう。これを見たハンフリーの顔がなんとも素晴らしい。

翌朝、ハンフリーは、なんとか骨抜きにした予防策案を持って、ハッカーのオフィスにあらわれる。だが、彼は、ハッカーが自分自身の案を持ってきていることに驚く。ハッカーは、「じゃあ、君のと僕のと読み合わせよう」といって読み上げはじめる。なんと、問題のない部分については一語一句おなじではないか。ハッカーは、「なんと、君と僕の考えがここまでシンクロしているとは、僕ら息があっているではないか」とやる。驚愕するハンフリーは、ハッカーに尋ねる。あなたの案はどこから来たんですか? 問い詰めるハンフリーに対して、ハッカーは、My lips are sealed.とやり返すのだった。
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このエピソードが最初に放映されたのは1980年である。ということは、まだサッチャー政権が始まったばかりのころである。「Yes, Minister」や「Yes, Prime Minister」に描かれた大臣や首相の像は、サッチャー政権以前の労働党の状況を反映している可能性はないとはいえない(サッチャー政権のあり方を反映していることは、時間的にありえないと思う)が、いずれにせよ、「Yes, Minister」や「Yes, Prime Minister」は、官僚と政治家の関係を描くコメディとしていまだに古く感じられないある種の普遍的な像を描いたものであるように思える。(あ、このコメディーで描いていることが「事実」とか思っているわけじゃないっすよ、もちろん。)それは、前にもリンクしたこことも呼応する。ありゃ、こりゃますます読まんといかんか。

*1:たまたまのもらい物なのだが、僕はYes, Prime Ministerはビデオも持っているのだった。